トレーナーへの道 最終回

2009年04月21日

昨年の4月にスタートさせていただいた「トレーナーへの道」も、いよいよ最終回を迎えることになってしまいました。‘できるだけ、わかりやすく楽しめるように‘をテーマに書いてきたつもりですが、如何だったでしょうか?

ということで、最終回の今回は‘総まとめ‘として「トレーナーになるために・トレーナーとして必要なこと」についてお話させてもらいましょう!

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‘04年スティーブ・フィンリーが地区優勝を決めるサヨナラ逆転満塁ホームランを打った瞬間。トレーナーとしても、この感動・感激を選手と共に味わうことができるのです。

そうは言っても、今までの中でこのテーマに関してはかなり訴えてきたはずなので、もう皆さんは十分に理解してくれていると思います。

では、簡単に!

トレーナーになるために必要なことは「ライセンスを取得すること」と至ってシンプルな答えになってしまいます。しかし、この中には色々な事が含まれておりただライセンスを取得すれば良いというわけではありませんよね。

アスレティックトレーナーとしてのライセンスを取得するということは、必要最低限の医学的な知識を身につけておかなくてはならないということです。トリートメントだけではなくコンディショニングやトレーニングを指導するということは人間の身体についてよ~く理解していなくては仕事になりませんからね。

その為には皆さん!「学校でちゃんと勉強しなくちゃだめですよ!」また学校だけでもだめです!学校で学んだことをしっかりと理解し、実際の現場でも勉強し続けていかなくてはいけないのです。

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この笑顔のために仕事しています!

どんな仕事でもそうだと思いますが、「もうこれで解った!これだけできれば十分だ!」という考えは危険です。特に人の身体を預かるトレーナーの仕事には「これで良い」というようなことは一つもありません。どれだけ経験を積んでこようとも、常に何かを見つけるという思いが自分を成長させてくれると思います。

私自身も常にこの気持ちを忘れずに、日々仕事に取り組んでいます。もちろん、トレーナーとしての仕事には自信と誇りを持っていますが、だから勉強しなくても良いということではありませんから。

つまり、ライセンスを取得するためにしっかりと知識を身に付けるということと、ライセンスを取得してからも常に知識・技術を高めていくということが必要なんですね。

では次に「トレーナーとして必要なことは」と言うと、今挙げた日々の努力はもちろんのことですが、最も大事なことは「人として」ということだと思います。以前の「トレーナーへの道」でも書かせてもらいましたが、やはりトレーナーである前に一人の人間であるということを忘れてはいけません。

「人として」選手や患者さんと向き合うことが出来なくては、どんなにスキルとレベルの高いトレーナーでも仕事ができるトレーナーとは言えません。人に対する思いやりの気持ちがあるからこそ成り立つ仕事だと思います。

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‘04年ケガから復帰して活躍したケビン・ブラウン投手。故障からの復帰は選手もトレーナーも同じ気持ちです。

「トレーナーとはどうあるべきか」色々な意見があると思います。でも私が思うに、一番大事なことは人間として人間らしい接し方ができるかどうかという事が重要だと考えます。相手を思いやるからこそ真剣に診ることができるし、思いやるからこそ真剣に怒ることができると思いますから。

本当に良くなって欲しいと思う気持ちがあるからこそ褒める時は褒めるし、怒る時は怒れるのではないでしょうか。現在の世の中は「お金が一番」という風潮が強くなっていると思います。古臭い考えかもしれませんが、汗水流して働いて得ることができるお金だからこそ価値があると思います。

パソコンの前に一日中座ってマウスをクリックするだけで得るお金には、何の意味も持たないと思いませんか?トレーナーとして仕事する以上はプロフェッショナルですから、そこに報酬があるのは当然だと思います。しかし、そこには選手のために色々と知恵を絞りながら創意工夫を持って努力する姿勢があるから感動も充実感も存在するのです。

ケガを抱えた選手や患者さんと向き合って、共に努力し共に苦しむからこそ回復したりゲームに復帰した時の喜びを分かち合えるのです。「今、自分の目の前にいるケガや故障で苦しんでいる人をなんとかしてあげたい!」この気持ちを常に持ち続けられるトレーナーになってもらいたいと私は強く願います!

ということで、1年間お付き合いいただき有難うございました。新学期からは、メジャーリーグやプロ野球という世界だけにとらわれず広い範囲でのアスレティックトレーナーの活動やスポーツ鍼灸というものをテーマに書いていきたいと思っていますので、これからも宜しくお願いしますね。See you soon !!

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一年間有難うございました。新学期からまた宜しくお願いします。

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トレーナーへの道 第11回

2009年04月21日

2007年、新年を迎えて皆さんはどのようにお過ごしでしょうか?だいぶ遅くなりましたが、「明けましておめでとうございます」「今年も宜しくお願いします!」

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メジャーリーグのオープニングデーではトレーナーも選手同様に紹介され地元では温かい声援をいただきます。

さて、前回はスプリングトレーニングのお話で終わってしまいましたから、今回はレギュラーシーズンのお話です。長いスプリングトレーニングが終わるといよいよ本拠地のロサンゼルスに戻ってきます。正確に言うとオープン戦の最後の5試合くらいは地元周辺で行われるのです。

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オープニングデーのセレモニーでは色々な事が行われファンを楽しませてくれます。これは、始球式のボールをパラシュート部隊が運んでくれているところです。

メジャーリーグでは、日本と違ってシーズンの開幕前日までオープン戦を行えるので感覚的には「オープン戦の流れのままいつの間にかシーズンに突入していた」という感じなのですが、それでもOPNING DAYのセレモニーが始まると少しずつ気持ちが高まってきます。見た事がある人もいるかもしれませんが、セレモニーではトレーナーの紹介もあり全ての紹介が終わってアメリカ国歌斉唱が一番盛り上がる頃に戦闘機が編隊を組んで飛んできます。グラウンドに整列した我々の頭上を戦闘機が通過する時の何とも言えない気持ちの高ぶりは・・・もう最高です!

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国歌斉唱では様々な著名なアーティストが歌いに来てくれます。

本題に戻りますがここからが長~いシーズンの始まりになるのです。先ずは通常一番多いナイトゲームでの1日を紹介してみましょう。メジャーリーグの試合開始時間は広い地域性や時差の問題、またテレビ中継の絡みなどもあり開始時間が非常に中途半端です。大抵の場合ナイトゲームだと夜7時5分試合開始(この5分の意味がよく理解できないのですが・・・)になり、ホームチームの全体練習が午後3時15分頃になります。

これを踏まえて、トレーナーは大体お昼過ぎに球場入りします。私の場合トレーニングルーム(トレーナーズルーム)の掃除と治療機器・テーピング類・選手用ドリンクタンク(水とパワーレード)アイスバッグ・ウォールプール(温度42℃)・タオル・薬品類・トレーナーキッド・紙コップなどの準備がありますから12時にはクラブハウスに入るようにしていました。

そして、午後1時15分からトレーナーミーティングを行い全選手(28名)の状態チェック・ケガをしている選手の状態と今日のトリートメント方針の確認作業を行います。これが終わる頃には何人かの選手がトレーナールームにやって来るので、その選手達のコンディショニングやトリートメントが練習開始直前まで行われて行きます。

練習中はトレーナーズオフィスに残り書類整理を行うトレーナーと練習に参加して練習中の選手のコンディションをチェックしながら練習の手伝い(球拾いやキャッチボールの相手)もします。私は、野球経験者ということもあり(それでも素人ですから)投手たちの専属?ブルペンキャッチャー的な仕事をさせられていました。ただこれも自分にとっては非常に良い思い出でメジャーリーガーのボールを捕ることができるなんてそうそうは無いですからね!

それはさておき、練習が終わると今度は試合の準備にとりかかります。テーピングを巻くトレーナー、ストレッチをするトレーナー色々役割はありますが、私はまずリリーフ投手たちのマッサージやストレッチ、コンディショニングを担当していたので一人20~30分くらいでどんどん仕上げて行かなくてはなりませんでした。

これが一段落するともう試合開始直前になります。メジャーリーグでは試合前に必ず国歌斉唱が行われるのでこのセレモニーの時にはトレーナーもベンチ前に整列しなければなりません。そしてチームのルールでは、試合中は全選手がベンチで応援しなくてはならないので本来は試合中のトリートメントはできないのです。

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2004年の開幕戦は野茂投手が開幕投手として活躍、ここから熱戦の火蓋が切り落とされます。

しかし、私の場合投手陣のコンディショニングを担当していたので、たった一人では全ての選手に対応できないという理由をスタッフに理解してもらいゲーム中に先発投手たちのコンディショニングをさせてもらうことができました。自分で言うのもおかしい話ですが私がこのスタイルを確立していた時期のドジャース投手陣は本当に故障・ケガが少なかったと思います。

実際に私がこの仕事を始めてからの投手陣の成績は上がっていましたし、ローテーションが崩れるということも少なくなりました。その結果、年々チームの順位も上がり3年目には地区優勝することができたわけですから、少なからずこの成績に貢献できたと自負しています。

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ドジャースのクローザー「エリック・ガンニェ」投手が出てくればもう勝ったも同然!Game Overは彼の代名詞です。

先発投手たちのコンディショニングがない場合はもちろんベンチで応援します。ここでは試合中の様々なアクシデントに対応したり、ゲームプレーヤーにしてあげられることを行ったり、サブプレーヤーのサポートをしたりしながらチームの勝利を願い続けます!ただトレーナーの職性か「とにかくケガしないで無事に終わってくれ」という気持ちの方が強かったかもしれません。

ゲームが終了すると、プレーを終えた選手たちのクールダウンや必要に応じてトリートメントを行い、その全てが終わってからレポートをヘッドトレーナーに提出して後片付けに入ります。片付けが済むと遅い夕食をクラブハウス内の食堂で摂りシャワーを浴びてようやく帰宅です!

この時点で大体、夜11時頃になっています。球場から自宅までは車でおおよそ30分かかり、やっと家に着くともう12時です。そして「さあまた明日頑張るぞ!」と気合を入れながらいつの間にか睡魔に襲われて睡眠へと突入していくのです。

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長いシーズン中では色々なハプニングが・・・

これが、ナイトゲームでの1日ですがシーズン中はこれにデーゲーム(午後1時5分試合開始)や遠征なども加わりますから、自分で考えている以上にあっという間に1日が過ぎていってしまうのです。ですから、トレーナー各自がしっかりと自分の役目と仕事を認識して行動しなければなりません。

自分の立場や仕事・役目を理解していないと、無駄に1日が終わってしまいますからね。これからトレーナーを目指す皆さんも、もちろん仕事をしっかり覚えなくてはなりませんが、自分のやるべき事を理解して仕事をする癖を今から身につけておいた方が良いかもしれませんね。

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試合後はアイシングなどのケアを行います。石井投手が勝利投手となり、肩・肘・腰にアイスバッグを巻きながらチームメイトを出迎えます。

今回もやっぱり書ききれなかったので(本当はもっと色々な裏話があるのですが・・)その分は次回以降ということで・・・それではまた!

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トレーナーへの道 第10回

2009年04月21日

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ドジャースのキャンプ地フロリダ州ベロビーチ

‘06年もあと僅かで終わりを告げようとしています。皆さんにとって‘06年はどのような年でしたか?年の終わりだから必ずしも評価しなくてはいけないということはありませんが、ひとつの目安として考えれば良い区切りになるのではないでしょうか。

私にとっての‘06年は波乱万丈を含みつつもまた新しい自分のスタイルというものに挑戦し始めることができた、いわゆる「新しいスタート」となった年でありました。ですから今現在でこの評価をすることはできませんが、これから‘07年に向けてさらに飛躍できるように今の行動を継続していくことが必要となりそうです。

そんな御託を並べているうちに‘06年最後のトレーナーへの道となってしまいました。そこで今回は、私が経験してきた「ベースボール・トレーナーの1日」というか、トレーナーの日々のスケジュールを紹介してみようかと思います。

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以前にも紹介しましたが、70名の選手でごった返すトレーナーズルーム(正式名称はトレーニングルームです)

先ずは、野球シーズン到来を告げる「スプリングトレーニング(キャンプ)」から始めてみましょう!ドジャースのキャンプは毎年2月15日頃からフロリダ州ベロビーチで行われます。日本と違いトレーナーはこの施設(ドジャースが有する施設ドジャータウン)に2月12~13日頃に集合します(メジャーからマイナーの全てのトレーナー)そして15日前後の2日間を使い最初の集合日に集まる投手と捕手(約40名)のメディカルチェックを行いキャンプの準備を進めていきます。

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リハビリ選手が使用するスイムエクササイズプールとアップやダウンで使用するウォールプール

16日頃が練習初日となりますが、トレーナーにとってはここからが地獄の始まりです。なぜならば、キャンプの練習開始は午前10時ですが練習前に行われるミーティングや故障選手のチェックなどを行うため毎朝5時30分起床し6時にはトレーナーズオフィスに集合して仕事場のセットアップを行わなくてはならないからです。

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オフィスに隣接されているウエイトルーム

7時からトレーナーミーティングが始まり、7時30分頃には故障選手がトレーナールームにやって来ます。そして状態のチェックやトリートメント、トレーニングなどを行って練習に参加させる体制を整えなければなりません。次々とやって来る選手はベッド8台あるトレーナールームの全てを埋め尽くし9時頃には順番待ちの選手が出てしまうほどになります。

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アップ中に選手の状態チェックを行います。選手に日焼け止めを渡し歩くのもトレーナーの仕事です。

その間、メジャーを担当するトレーナー(約5名)は対応に追われできるだけ多くの選手にアプローチしなくてはならないのでその仕事は正確さとスピーディーさが求められるのです。こんな戦場のような忙しさが終わると次は5箇所に分かれて行われる練習の全てをチェックするために3台保有するトレーナー専用のゴルフカートに乗り込み、ローテーションで動きまわるわけです。

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メジャーの練習が終わり、マイナー選手が練習する中で石井選手のストレッチを行いました。

練習中にアクシデントが発生しないか?故障選手の状況はどうなのか?色々なチェックポイントを確認しながら「無線機」を使って連絡をとりながら練習状況を報告していきます。メジャーの練習は全体練習が午後1時頃に終わるので(後は個人練習が午後5時頃まで続きます)その頃にはほとんどのトレーナーがトレーナールームに戻り、選手の練習後のケアや状態チェック、トレーニングを行います。

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トレーナーのカートで選手の送り迎え?いやいや次の練習パートへの移動の際にたまたま居合わせた石井選手とペレス選手を乗せています。

そして、午後6時頃からその日のレポートをコンピュータに入力しプリントアウトして監督・コーチ、GMなどに配り終わるとだいたいの1日が終わったという感じになるのです。このような基本ラインがあり、その後2月22日頃に合流してくる野手たちがやって来るとその忙しさはさらに輪をかけます。この頃には全員で約70名になりますからね。

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とてものどかな練習風景ですが、我々スタッフは毎日が大忙しです!(ベロビーチのメインスタジアム・ホールマンスタジアムにて)

それでもまだ2月の練習のみの状況の時は夜8時頃には宿舎に戻れますから良いですが、3月に入ってオープン戦が始まるとそうは行きません!練習開始時間に変わりはありませんが午後1時からゲーム出場組と練習継続組に分かれるのでその対応にまた追われてしまうのです。

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オープン戦ではこんな綺麗な風景もあります。

アメリカのキャンプ・オープン戦はフロリダやアリゾナに分かれて行われるので、フロリダでキャンプを張っているチームはフロリダ州の中を毎日あちらこちらへと移動して試合が行われます。ですから遠いところだと移動だけで5時間かかる場合もあるのです。遠征に出る場合はトレーナーも遠征組と残留組に分かれ、残留組(私はほとんど残留でした)は残って練習する選手に対する仕事と遠征組がゲームを終えて帰ってくるのを待たなくてはならないので、遅い時は夜1時・2時頃までトレーナーズオフィスに足止めを食らってしまいます。

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オープン戦では突然のスコールで試合中断も度々起こります。

それから宿舎に戻って「さあ寝るか!えっーあと3時間後には起きなきゃ!」ということが度々ありました。こんな地獄のような生活が1ヶ月半くらい延々と続くので、正直に言って毎年2月が近づくと憂鬱で仕方ありませんでしたね。ただこの辛い日々をクリアした時にはなんとも言えない「達成感」があり「自信」に繋がって行くのです。

だいぶ書ききれない状況になってしまいましたので、続きはまた次回!‘07年の1回目でお会いしましょう!それでは皆さん「良いお年を!」「A Happy new year !!」

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トレーナーへの道 第9回

2009年04月21日

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筆者がプロを目指していた大学時代(首都大学リーグ 対 筑波大学戦 川崎球場)

第8回目までのトレーナーへの道は、私自身がトレーナーとして経験や実績を積んでから得た事などのお話が中心となっていました。今回からはそれ以前のことについて少しご紹介してみようと思います。

誰だって通る道ですが、私にも‘トレーナー初心者‘時代があったわけで・・・どんな世界においてもどんな人でも「最初」というものが必ずあるものです。ただ、私にとってこの初心者時代があったからこそ今の私があるということは間違いありません。最初からヤクルトやドジャースのトレーナーとして信用を得た仕事をしたわけではありませんから。

私のトレーナーとしての始まりは、自己紹介でも書きましたが母校である城西大学の野球部です。私も一応この野球部では1年生からレギュラーとしてプレーし3年時には11年ぶりとなる1部リーグ復帰、4年時には主将として1部定着の原動力となったわけです(誰も言ってくれないと思うので自分で言います)。

ただ、ケガや故障が多かったことでその後の野球人生はプレーヤーとしてではなくトレーナーとして歩んでみようと思ったのがきっかけでした。自分がケガを知っていることで選手の気持ちを十分に理解できると思ったからです。それに自分と同じようにケガでその後の野球人生をあきらめて欲しくないという考えもありました。

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筆者が延長戦の末サヨナラのホームを踏んで1部リーグ残留を決定づけた 対 明治学院大学戦

そんな色々な想いを含めて私はトレーナーとしての第一歩を踏み出したわけです。とは言え、まだまだ「初心者」ですから私が持っている知識はテキストに書いてあることばかりで、唯一自分の故障暦だけが頼りでした。そんな状況でも選手たちからみれば「初心者」ではなく「トレーナー」ですから、身体を強くしたい、野球が上手くなりたい、ケガを治して欲しい・・・そういう切な思いを持って私の元へとやってきてくれるのです。

「この気持ちに応えられるようにならなくては」そう考えた時に自分にできることは「とにかく選手一人ひとりを良く知ること」だと思い、どんな些細なこともノートに書き留めることから始めました。そうすることによって、選手個々のコンディションやケガの状態など、またトレーニングや治療の効果というものが少しずつ明確になっていったのです。

トレーニングや治療の効果が出ているのか、それともまったく出ていないのか、自分が選手に対して施したことの全てを現実の結果として受け止めるひとつの手段となったわけです。人間は皆千差万別ですから、必ず同じように結果が出せるわけではありません。しかし、このような資料が自分の実績として残せることでどのような方向性に向けたら良いのかという大きな目安にはなります。これが良い結果を出すために必要な経験となってくるわけです。

実際に、同じようなケガをしてしまった選手に対して同様の方向性を示すことで復帰までの道のりが明確になったことが多々ありました。このような経験は毎日数十人の選手をみることができる素晴らしい環境にあったからだと言えます。

こんな素晴らしい環境で仕事を覚えることができたという点においては、私は幸せ者だったと言えるでしょう。ただ、正直に言ってこの野球部だけの仕事では生活していくことができなかったというのも事実です。ですからこの頃からの7年ほどは2~3の仕事を掛け持ちして稼ぎながらトレーナーのプロフェッショナルになるための努力を行ってきました。

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プロ野球のトレーナーとしての第一歩を踏み出したヤクルト時代(アリゾナ州 ユマ)

この頃の生活リズムは本当に最悪だったと思います。朝から夕方までは病院のリハビリ室で実戦的な勉強を兼ねてアルバイトし、その後野球部のグラウンドと合宿所で練習と治療を消灯時間まで行ってから、個人契約している人の家に出向きトレーニングと治療を行う日々が繰り返されていました。さらに野球部のトレーナーを始めてから3年後には大学側からの有難い?要請で、女子駅伝部の仕事まで増やしていただいてしまったのです。

本当に肉体的には辛い7年間でしたが、自分がトレーナーとして必要な経験とスキルを得るためには大切な7年間であったと思います。この7年間に学んできたこと、経験してきたことが何時しかトレーナーとしての自信となり、その後大きく羽ばたけた土台となったと言えるでしょう。

偉そうに聞こえるかもしれませんが、この時期を経験し乗り切ったからこそヤクルトでもドジャースでも信頼される仕事が出来たと思います。もし、私にこのような経験が無くてプロ野球やメジャーの世界に飛び込んだとしたら・・・ただただ舞い上がって何一つ仕事出来ずに1年でクビだったのではないでしょうか。

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リーグ優勝を決定させた試合後にトレーナーでの記念撮影 横浜球場

トレーナーを目指す皆さん!ライセンスを取ったからと言ってすぐに仕事ができるほど甘くはありません。厳しい言い方をするようですが、仕事としてトレーナーを選んだ以上はあなた自身も‘プロ‘であるということを自覚して下さい。この誰もが通る「初心者」時代を有効にかつ有意義に使えるかどうかで本当のプロになれるかどうかということが決まるのです。本物になれるかどうかは、あなたの考え方と行動できまってしまうということを忘れないで下さいね。

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トレーナーへの道 第8回

2009年04月21日

早いもので「もう秋ですね」! プロ野球もパ・リーグでは日本ハムが、そしてセ・リーグでは中日ドラゴンズが優勝を決めもうじきに日本シリーズが始まろうとしています。(ドラゴンズファンの太田先生おめでとうございます)この8回目がアップされる頃にはもう決着がついているとは思いますが・・・

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2001年日本シリーズ優勝後の表彰式(神宮球場)ヤクルトスワローズ対近鉄バファローズ

ということでそろそろ本題に入りたいと思いますが、今回は「アスレティックトレーナー日本プロ野球・鍼灸治療編」です。前回、日本のプロ野球トレーナーが今後どういう方向性に向かっていかなくてはならないのかということに関してのお話をさせていただきました。しかし、今後の方向性の中には日本ならではの良い方法も存在しているわけですからそういったものの継続ということも含めて考えなくてならないと思います。

では、その日本ならではの良い方法とは一体何なのか?と言うと、もうおわかりですよね!そう「鍼灸治療」の技術です。もちろん、この方法は中国・台湾・韓国などのアジア諸国でも行われています。ただスポーツの現場を考えると鍼灸治療とスポーツを密接に考え繋げているのは日本くらいではないでしょうか。

もともと、日本プロ野球のトレーナーの始まりは鍼灸・マッサージ師ですから、その流れがそのまま継続されていたということです。とは言え、その技術は非常に有効で選手の体調管理を考えるとスポーツの世界にこれほどマッチした治療法はないのでは?と思わせるくらいです。

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日本シリーズの試合後にクラブハウスのトレーナールームでケビン・ホッジス選手(意外と鍼治療が好きな選手でした)と記念撮影

特に多く使われる場面としては、肉離れや捻挫といった突発的なアクシデントや肩・肘・腰などの慢性的な疾患ですが、そのどれをとっても炎症の抑制・鎮痛・筋弛緩という効果を発揮してくれるので身体に無理なく治療が施せるといった利点が存在します。

例えば、野球の試合で100~150球ほどの投球を行った投手に対し投球後の肩・肘の疲労が激しいとか状態が悪かったなどの場合に、マッサージを施すのは最悪の治療方法です。しかし、鍼治療であればこのような場合でも良い治療方法の選択と捉えられることができるわけです。

私自身も実際にヤクルト在籍時には、このような場面で鍼治療を選択し施したケースが多々ありましたし、その翌日の状態はアイシングだけで終わった時よりも良い効果が出せたと思っています。その実際例としては、元々肘関節の疲労蓄積により登板前から肘の張りを強く訴えていた先発投手が6イニングス(約100球)投げ降板後、肘関節の腫脹・熱感を訴え、手を握ってもほとんど握力が無くなっていたので軽いストレッチとアイシング(15分)を行ってからシャワーを浴びてもらって再度手を握らせたが未だ回復せずといった状況でした。

このような状態だったので、肘関節周囲への置鍼と前腕の筋肉への置鍼を行い(約15分程度)円皮鍼を周辺に20本ほど貼ってから就寝前にもう一度アイシングを行いました。結果、翌日には腫脹・熱感はほとんど消失しROMもほぼ回復、握力の低下はまだみられはしましたが、本人の感覚も昨夜よりかなり楽になったと実感してもらったわけです。

このように、炎症症状を起こしているケースで通常は施術を控えるケースでも行うことができるのが鍼治療だということなのです。こんな素晴らしい治療方法を継続していかないのは勿体無いですもんね。日本のトレーナーがどんどん優秀になっていってもこの鍼治療だけは一緒に進化していくべきものなのだと思います。

因みに、灸治療も良い方法で私個人としては好きな方法なのですが、唯一の問題点として煙を発生してしまうところにあります。以前アリゾナ州のユマキャンプのホテルに設置したトレーナールームで窓を全開にして灸治療を試みましたが、ものの2~3分で火災報知機が鳴り響きホテルのスタッフに大目玉を頂いてしまったことがあってから控えるようになってしまいました。

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灸治療を行って火災報知機を鳴らさせたユマのホテルで当時メジャー挑戦を始めた頃のマック鈴木選手と

灸治療もとても良い方法なのですが「残念です!」。この煙を解消できたらまた考えたい方法ですよね。「誰か煙の出ないお灸を考えてください!きっとできたら億万長者ですよ!」。とにかく、日本のトレーナーが進化して行く為には大きな変化も必要ですがこのように昔から持つ良い方法も継続しさらにこれも進化させていかなくてはならないということです。 また新しい目標が見つかっちゃいましたね!ということで頑張りましょう、日本の鍼灸師の皆さん!

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2001年優勝決定後、ヤクルトベンチでトレーナーの集合写真です。(筆者の自慢は97年に続きリーグとシリーズで3度優勝決定の試合でベンチ担当させてもらったことです)

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トレーナーへの道 第7回

2009年04月21日

今回からは、話を少し日本に戻してみたいと思います。ということでアスレティックトレーナー日本プロ野球編です。

但し、プロ野球編とは言うものの私が体験してきたのはヤクルトスワローズだけですから実際にはアスレティックトレーナー ヤクルト編ということになっちゃいますけどね。

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ヤクルトに入団した94年は、二軍がアリゾナ州のユマでキャンプを行いました。

私がヤクルトに入団したのは1994年で‘トレーナー‘という職に就いて9年目の時期でした。それまでは自己紹介の時にも書きましたが、自分の母校である城西大学でトレーナー活動をしていました。プロのトレーナーになるのはその当時からの夢でしたから、その夢が叶ったというわけです。

しかし、正直に言ってその当時のプロのトレーナーという仕事は今現在世間に認識されているアスレティックトレーナーとは程遠いものだったと思います。私の場合、大学でのトレーナー活動では自分なりに今現在のアスレティックトレーナーに近い状態で仕事ができていましたからちょっと「ショック」だったということを記憶しています。

何故、このような状況になっていたのか?・・・それは、色々な意味で「プロ」ならでは・・・ということがあったように思います。良く解釈すると、プロには専門のスペシャリストがいて、トレーナー部門に限って言えば選手のフィジカル・フィットネスの部分やリハビリテーションに関しては、トレーニングまたはストレングス・コンディショニングコーチが担当しメディカルな部分をトレーナーが担当するという体制がとられていたわけです。

悪く言えば、トレーナーはプロ野球経験者ではないから「フィジカルには口を出すな!」という旧態依然とした体制が残っていたということになります。つまり我々トレーナーは選手の治療だけやっていればいいのだ!という環境にあったんですね。

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同じく、アリゾナ州ユマキャンプでのひとこまで現東京ヤクルトスワローズ、チーフトレーナーの小林トレーナー(右)と。この頃からお互いに将来のアスレティックトレーナーの役割や進むべき道を模索し合っていました。

こんな状況が続いていたプロ野球界ではありますが、この頃から少しずつこの環境改善の動きが見え始め日本球団とアメリカ・メジャー球団との業務提携などが始まり、その内容にトレーナーの情報交換や教育システムなどが含まれていたおかげで本来のトレーナーのあるべき姿というものが現場のトレーナーだけでなく球団フロントやチームスタッフにも理解浸透されるきっかけになり始めました。

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遠征先のホテルにトレーナールームを作り、選手達のコンディションを整えるのもトレーナーの仕事の一つです。

もちろん、我々トレーナーも現状のままではいけないということを認識していましたからそれまでの良くない環境の中にいた時から来るべき日に向けしっかりと準備をしていたわけです。トレーナーって意外と勉強好きなんですよ!(学生時代には全然勉強なんてしなかったんですけどね)

そんな努力が実り?(まだまだ完全に実っているわけではありませんが)始め、それまで情報の還元があまりなされていなかったトレーナーとストレングスコーチも連携され、ケガ・故障者選手の現場復帰に向けてより良い方向性を見出すことができるようになっていきました。

近年ではこのメディカルスタッフの中に理学療法士を入れ、より内容を充実しようとしている球団が増えてきているようです。こうなるとプロ野球のトレーナーはさらに治療専門になる?と思われるかもしれませんが、そうではありません。このような、メディカルスタッフを充実させ機能させることによって、それまで治療に専念していたトレーナーもケガから復帰までのスケジュールを考えプログラミングするためにフィジカルやフィットネスの分野やリハビリの分野にも精通していなくてはなりませんし、実際に指導していかなくてはならない状況も生まれてくるのです。

それが治療にも繋がってくるんですよ!選手のケガや故障から復帰させるためには、基礎的なものから応用的な専門トレーニングの内容も理解して実践できないと復帰させることなんてできないんです。

そう考えれば、アスレティックトレーナーの役割というものがとても大きく大事なものであるということが理解できると思います。ただアスレティックトレーナーのあるべき本来の姿というものが今頃になって理解され始めてきたということが残念でなりません。だってアメリカではもっともっと昔からこの体制がとられてきていたんですから・・・

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2001年リーグ優勝を決めたあと横浜球場のベンチ前にて、チームスタッフと。

まあでもこれからですよね!プロ野球の世界で活躍されたトレーナーの方々、また今現在努力されているトレーナーたち皆で良い方向に進もうとしているのですから。それに日本のトレーナーがアメリカ・メジャーリーグに受け入れられようとしているということを考えれば日本のトレーナーだって捨てたもんじゃありませんよ!

さあこれから皆でもっともっとアスレティックトレーナーを良くして行きましょう!そして日本のアスレティックトレーナーが世界で一番優秀だということを認めさせましょう!

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リーグ優勝の祝賀会で若松監督とのツーショット

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トレーナーへの道 第6回

2009年04月21日

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週4日の定期的鍼治療を受けてくれたダーレン・ドライフォート投手

皆さん!暑い日本の夏をどう乗り越えていますか?私は5年振りに日本の暑い夏を体験して少々ゲンナリしているところです。この暑さを思うと「カリフォルニアの夏がとても過ごし易い気候だったんだな~」と改めて感じることができます。(この原稿がアップされる頃にはもうこの暑さも少しはましになっているとは思いますが、現在思いっきり暑い中で原稿を書いているところです)

ところで、今回はアスレティックトレーナーMLB・鍼治療編後半ということですが・・・ 前回はメジャーリーグの中で鍼治療を取り入れ始めたこととその中での失敗などを含めてお話させてもらいました。ということで、今回はその後ドジャースの治療の中で‘鍼治療’というものがどのように使われ進化していったか?ということをお話しようと思います。

前回お話したように、‘鍼治療’を施す際にはドクター・ヘッドトレーナー・GM・監督に許可をもらってから行うというスタイルが確立されましたが、これも実を言うと2年目の頃にはかなり規制緩和され治療の中で‘鍼‘が必要と判断したらすぐにヘッドトレーナーに申し出ればゴーサインをもらえるようになったんです。また逆に、ヘッドトレーナーから「この選手の症状は鍼治療が有効だと思うからトライしてみてくれ!」と頼まれるケースも多くなりました。

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肩痛から鍼治療後に復帰したベテラン、アンディアシュビー投手

その背景にはもちろん‘私の努力’(一応言わせて下さい)もありましたが、ヘッドトレーナー自ら‘鍼治療’を良く勉強してくれて‘経絡治療’‘経穴治療’というものを理解しドクターたちを説得してくれたということがあります。実際に鍼を用いて治療することができるのは私一人でしたが、ヘッドトレーナーとアシスタントはペンシル型の鋭利な電極から発する低周波治療器を購入しそれを用いてACUPUNCTURE TREATMENTを行うようになって行きました。

その治療器の写真がないのでお見せできないのが残念ですが「ACU-STIM」という治療器で鋭利な鍼状の先端から低周波を流すことで‘鍼治療のひびき’に似た効果を出すことができるなかなかの優れものでした。しかもこの治療方法も経穴であり経絡であるという完全に東洋医療を取り入れたものだったので、行き着くところは「デニス!ツボの場所を教えてくれ!」という状況が毎日のように続いていったのです。

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鍼には抵抗がありACU-STIMならOKということでマッサージとACU-STIM合わせて約2時間の治療を毎日のように施したベテランでありスーパースターのケビン・ブラウン投手

ここで言う‘ツボ’とは‘トリガーポイント’という解釈になってしまいますが、今まで東洋療法に馴染みの薄い米国人にとっては‘トリガーポイント’で理解してもらった方がわかり易く受け入れ易かったのかもしれません。 しかし、このACU-STIMがあることで選手や他のスタッフたちが鍼治療に興味を持ち始めたということは確かです。最初から鍼治療を受け入れられない選手にはこのACU-STIMを使って擬似的な鍼治療体験をしてもらい、有る程度慣れてきたら本格的に鍼治療に入るといったケースもありました。まあ、あの手この手を使って色々試してみたりしているわけです!

他に面白いケースとしては、選手の家族同士からの情報交換で‘鍼治療’が有効だということを聞いてトライした選手もいました。メジャーリーグでは選手の家族同士の付き合いも大事にしていますから、ある時石井選手の奥様が腰痛に悩む選手の奥様から相談を受けて「だったら鍼が良いよ!」と薦めてくれたそうで・・・

翌日、その選手が「おいデニス!石井の奥さんから聞いたけど、俺の腰痛には鍼治療が効果的だって本当か???」とやって来てくれたわけです。その選手はリリーフ投手で毎日試合に投げる準備をしているので、「じゃあ今日の試合後に少し鍼をやってみよう」ということになり試合後に初めての鍼治療を行ったという珍しいケースもありました。

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石井婦人からの勧めで鍼治療を行ったトム・マーティン投手

逆に、鍼治療を経験した選手からの評判を聞きつけ「じゃあ俺も鍼治療をやってもらいたい」ということでトライしたのですが、やはり鍼独特の‘ひびき’が好きになれずに「やっぱり俺はマッサージだけでいいや」という選手がいたのも事実です。

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鍼のひびきが合わず鍼治療を受けなくなったフォアン・エンカナシオン選手

こんな状況が続いていったわけですが、それでも確実に‘ドジャース’というチーム内では東洋医学が受け入れられていったということは間違いありません!現在では私の後釜に座ってもらい頑張ってくれている‘元阪神タイガース’トレーナーの谷君がこの東洋療法を引き継いでくれていますが、ドジャースでは日本の治療スタイルというものが無くてはならない存在にまで発展してくれているということに関して我々日本人としては誇りに思って良いのではないでしょうか!

このようにして、ドジャースでは東洋医学‘鍼治療’というものが普通に行われるトリートメントの一つに加えられて現在も継続されています。そして、このようやく切り開かれた道をもっと太く長くして行けるのはこれから東洋医学を身につけ実践していける力を持つことができる皆さんなのかもしれませんよ!

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トレーナーへの道 第5回

2009年04月21日

Hi, Dennis How are you doing ?  Ⅰ`m doing good !!

唐突ですが、この会話が一日の始まりを表す言葉・・・というか、お決まりの挨拶です。まあ 日本で言えば「おはよう」とか「こんにちは」という感じですが、アメリカではこんなお決まりの言葉にもなんとなく味があるというか・・・ただ挨拶をするだけではなくて相手の体調とか気分とかを確かめながらも共に戦う仲間として今日も一日よろしく頼むよ!という意味合いも含んでいるわけです。

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選手たちから絶大な信用を得ていたヘッドトレーナー、スタン・ジョンストンとアシスタントトレーナーのマット・ウィルソン

アスレティックトレーナーとしての仕事は、ただ単に選手のコンディションやパフォーマンスを上げるためのサポートだけではありません。こういった単純な会話の中にも「選手とトレーナーの信頼関係が成り立っている」ということが読み取れませんか?

簡単に言ってしまえば、日常の普通の会話だとしても相手を気遣って話ができることイコールすでに信頼関係が成り立っているということです。この信頼関係の有る無しはその後の仕事に大きな影響を及ぼします。例えば、フィジカル的なコンディショニングの指導をする場合に信頼関係があれば目的意識が明確になりパフォーマンスを上げたり、モチベーションを上げたりすることが容易になってきますが、信頼されていないトレーナーがいくら理論を振りかざしても選手のパフォーマンスやモチベーションが上がるとは思えませんよね。

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選手のためにできることを行うのがトレーナーの仕事です

トレーナーが色々な知識や技術を身につけ、キャリアもスキルも高いレベルにあったとしても人間として信頼されていなければ、何の役にも立たないということです。私が実際に経験してきた現場においてもこのようなことは起きています。ドジャースのメディカルスタッフの中にはとても高い知識と技術を持った理学療法士がいましたが、彼の欠点は選手を見下してしまうことでした。

そうなると、選手はどんどん彼から離れていってしまいせっかくの知識と技術を有効に使うことができなくなってしまいました。逆に彼より現場でのキャリアは少ないけど選手たちを思う気持ちでは超一流のアシスタントトレーナー(スキルのレベルはとても高いです)は選手たちから受ける信頼は絶大で、その効果も手伝いフィジカルでもメディカルでも良い結果を生んでいました。

アスレティックトレーナーとして必要な知識・技術を身につけておくことは絶対条件ですが、良いトレーナーとして活動するためには人間としての触れ合いを大切にしてどれだけ相手の気持ちになって考え行動してあげることができるか?ということが一番大事なポイントではないでしょうか。

メジャーリーガーとは言え、相手も人間ですからその根本にあるのは‘人として‘ということになると思います。但し、甘やかすということではありません!相手を真剣に思うからこそ間違ったことには「ダメ」と言える付き合いにならなくてはいけません。トレーナーと選手の関係は、信頼関係があっても友達ではありませんから。

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信頼関係のあるチームは結果にも結びつきます(2004年のシーズン161試合目でナショナルリーグ西地区の優勝を劇的なサヨナラ勝ちで決めました。この年のドジャースは戦力的にはあまり良くありませんでしたが、信頼関係や団結力は近年では最高のチームでした)

私が、ドジャースに在籍した4年間で学んだことの中で‘人として‘ということが一番大きなことだったかも知れません。トレーナーを目指す皆さんにはしっかりとした知識の他に‘人間として‘ということを学んで欲しいと思います!

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移動中の飛行機の中でも選手たちとのコミュニケーションは欠かすことのできない大事な仕事です。(アシスタントトレーナー、マット・ウィルソンと石井選手)

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トレーナーへの道 第4回

2009年04月21日

さあ、今日も元気に行きましょう!
今回はアスレティックトレーナーMLB編(鍼治療)をお届けします。

鍼治療(Acupuncture Treatment)自体はまだまだMLBの中に浸透しているとは言えないのが実情です。
2002年に私がドジャースに入団した際にも、マッサージに関してはある程度の認識を得てはいましたが、‘鍼‘というもの自体‘謎めいた道具‘くらいにしか思われていなかったんです。

当時、野茂・石井という日本を代表する選手が在籍しており、彼等は鍼治療が大好きだったこともあり治療の中で鍼を使うケースがとても多くありました。しかし、そんな鍼治療を行っている時に「このジャップは一体何をしているんだ?そんな不気味な道具で治るわけがないだろう!日本人のやることは野蛮で危ないな!」などといった話が良く聞こえてきましたからね。

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鍼治療を認めてくれたヘッドトレーナー、スタン・ジョンストンとドクター、フランク・ジョーブ

ただ私が幸運だったのが、ドジャースのヘッドトレーナーである‘スタン・ジョンストン‘の考えで「治療法に関しては色々なことを試してみて良ければ継続して行い、それが何故有効なのかということを考えよう」という姿勢を持っていてくれたことです。

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初めて鍼治療に挑戦したブライアン・ジョーダン㊨33番(彼はNFLプレーヤーとしても有名)

そういった経緯もあり、その後は日本人選手以外にも鍼治療を施すようにはなりました。しかし、まだまだ問題は続きます!ある時、当日の先発投手(オマー・ダール選手)が寝違いを起こし「何とかして欲しい」と訴えてきたのです。そこで私は、日本時代からよく使っていた円皮鍼を彼の首周辺に貼って試合に投げさせたのです。

ところがその円皮鍼が思いっきりシャツの首周辺から出ていて、さらにはスポーツ専門チャンネル‘ESPN‘のTV放送で全米に放映され、ご丁寧にも解説者が画面上に印をつけて「これは何ですかね?」とやられてしまったのです。

お陰で、私は監督・GM・ヘッドトレーナーから「こういうことをする時は必ず報告するように」と厳しくお叱りの言葉を頂いてしまいましたよ・・・まあこれは私のミスですが・・
日本の感覚で円皮鍼くらいなら報告はいらないと勝手に思い込んでしまったのがいけないのです。

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鍼治療のとりこになったベテラン選手のウィルソン・アルバレス投手

それ以来、鍼治療を行う際には必ずヘッドトレーナー・ドクター・GM・監督の許可を得てからではないと施術してはならないという規則が出来上がりました!!!
ただ、これは日本的には厳しい条件のように思われますが、実際は訴訟社会の米国においては自分の身を守るためにもとても大事なポイントなので逆にありがたいことなのかもしれませんね。でも一部分にはまだまだ鍼治療というものが信用されてないということも含まれているとは思います。

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鍼治療の効果を広めてくれた、西武ライオンズでプレーしたことがあるジオバニー・カラーラ投手

それでも、メジャーリーグのトリートメント分野において日本の‘鍼治療‘というものが加わりその効果は実戦の中でも十分に有効であるということを証明する第一歩にはつながったと確信しています。ドジャースでは現在でも日本人トレーナーの必要性・鍼治療の必要性を感じて継続してくれていますからね。

さあ次は、皆さんがこの道をもっと切り開いて行く番ですよ!!! それではまた!!!

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腰痛を起こし、いやいやながら鍼治療を受けてくれたがその効果に意外と鍼好きに変わっていったエリック・ガンニェー投手

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トレーナーへの道 第3回(番外編)

2009年04月21日

皆さん、いかがお過ごしですか?
私は、今年からチームを離れた仕事を始めたばかりですが、当初の予定を裏切り?今までより忙しい毎日を送っている気がします…

本来なら今回はMLB体験記(鍼治療編)の予定でしたが、ごめんなさいちょっとテーマを外れて今年から私が始めた仕事に関するお話に無理矢理変更します!

現在、私の主な仕事はいわゆる‘マッサージ治療院’という枠組みに含まれる仕事をしています。
しかし、普通に存在する治療院では自分のキャリアを活かすことができませんから「トレーナー・深澤英之」として活動できる体制を作ろうと考えました。

そこで、今回立ち上げたのが『㈱ Route Vigor』というトレーナーズルームです!!

今まで一般の方たちにも開放するようなトレーナーズルームという形式の治療院なんて存在しなかったと思います。結局のところ私にとっての仕事場はトレーナーズルームしかないんですよね。『やっぱりスポーツが好きですから』

せっかく仕事するなら、自分が慣れ親しんだ環境で仕事したいんじゃないですか!だからそんな感じの治療院を作っちゃったんです!
ここでは、マッサージや鍼治療・物理療法などを含めさらには良いコンディションを維持していくために必要なストレッチングやエクササイズを行います。

色々な治療で身体をメンテナンスして良い状態が出来てこそ、エクササイズが有効になります。コンディショニングの基本的な考え方は足…つまりアライメントの調整からです。この調整ができれば全身のバランスが整い健康的な肉体や精神を維持することができるわけです。

スポーツの現場で行われているトリートメントやコンディショニングはとても重要なことであり、かつ健康を維持するのにとても有効な手段です。こんなに良いことをスポーツの現場だけに留めておくのは勿体無いですもんね!

こんなトリートメントやコンディショニングを一般の方々に開放することができれば、日本国民全員が健康で元気になれると思いますよ。元気の無くなっている日本に活気を取り戻すことができるのも、‘トレーナーズルーム’だと思いませんか?

それではまた次回をお楽しみに! See you soon!

※『Route Vigor』については、以下のサイトで詳しく紹介しています。どうぞ併せてご覧下さい。

http://www.route-vigor.com/index.html

http://ameblo.jp/route-vigor/

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トレーナーへの道 第2回

2009年04月21日

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・2004年のデビジョンシップを勝ち取ったあとのシャンパンファイト(日本流にいうと祝賀ビールかけ)で、石井投手とハイ・ポーズ!

Hello everyone!!
今日は第2回目としてメジャーリーグ体験記①‘AT編‘ですよ!!
米国のスポーツチームで働くトレーナーは、ATCのライセンスを取得しています。私は??
というと残念ながらATCは持っていませんが、日本体育協会で発行されるAT(アスレティックトレーナー)のライセンスです。他には鍼師・灸師・按摩、マッサージ、指圧師の免許も持っています。

だからと言って、怯む必要はありません!必要な資格を取得して、ちゃ~んと勉強して経験と実績があれば必ず認めてくれる国ですから!(あとは人間性が大事ですよ)

しかし、そうは言ってもここでも新人に対する‘洗礼‘はもちろん待っているんです。(私の場合39歳の新人でしたけど・・・)

先ずは、スプリングトレーニングというビッグイベントがあり、ここでは日本と違い2月中旬から3月末頃までの約1ヶ月半をフロリダ・ベロビーチという‘ド田舎‘で練習とゲームを行います

ここでの仕事始まりは朝7時から始まるトレーナーミーティングの前に全てのセットアップを行うため、起床は毎朝5時30分!トレーニングルームのオフィスに6時集合という非常に辛い毎日を送ります。

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・ドジャ-スのフロリダ・ベロビーチのトレーナールーム(正式名 Training room)、毎朝オフィスに6時集合という、非常に辛い毎日でした。

そして練習前のトリートメントやテープジョブなどがあり練習開始。練習中も5箇所ほどに分かれて行われるのでその状況を3台のゴルフカートに乗ったトレーナーがところ狭しと動き回ります。(新人はカートに乗れないので走りますよ)

午後4時頃全体の練習が終わると、新人に課された洗礼の仕事‘ドリンクタンクの洗いとドリンク作りにセットアップ‘これがまた20ガロンのタンク30個という、見ただけで嫌になるツワモノです。

でもこの仕事がちゃんとできないトレーナーは仕事もできないんですよ!

こんな辛い仕事もあるATですけど、こういう経験があるからゲームに勝った時の喜びがタマラナイものになるんですけどね!

他にもた~くさんお話したいことがあるんですけど、残念ながら今日はここまで!それでは次回をお楽しみに!  See you soon !!

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トレーナーへの道 第1回

2009年04月21日

皆さん初めまして、私は深澤英之と申します。この4月から特別講師としてお世話になることになりましたのでどうぞ宜しくお願い致します。

では、今回はその第一回目ということでまずは私の自己紹介から始めさせていただきます。と・・・その前にこれからは許される範囲で堅くならないような文章にさせていただくことをどうぞご理解下さい。

私のトレーナーとしての経歴は、1986年がスタートです。その当時はまだ専門学校に通いながらですが、自分の母校である城西大学の野球部と女子駅伝部のトレーナー兼トレーニング担当という形で始まりました。
その後1994年からは、ヤクルトスワローズの二軍トレーナー及びトレーニングコーチ、一軍トレーナー及びリハビリ担当として活動を続け2002年から昨年まではメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースのアシスタントトレーナーとして常にスポーツの現場での活動を続けてきました。

湘南医療福祉専門学校様とは、ドジャース在籍時に当校のアメリカ研修でドジャースタジアムを訪れていただいたのがきっかけです。そのようなご縁と、これまでの私の活動を評価していただき特別講師として皆さんと接する機会をいただきました。
また私も今年からはスポーツの現場からは退き、地域社会への貢献と後進の育成をテーマに活動をさせていただくことになりましたのでその一環としてトレーナーを志す皆さんの力になれたらと考えています。

ということで、今後は私の体験してきた日本プロ野球・メジャーリーグでのトレーナー活動を中心にアスレティックトレーナーの役割や一歩踏み込んだ仕事内容などを含め、出来る限り楽しめて役に立つようなお話をさせていただきます。

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では、また次回をお楽しみに!!

深澤英之(ふかざわ・ひでゆき)

1962年東京生まれ。幼少期から高校まで神奈川県茅ヶ崎で育つ。94年、ヤクルト・スワローズにトレーナーとして入団。97年より一軍トレーナーとして活躍。2002年、石井一久投手とともに渡米。ドジャースのトレーナーインターンから、03年にはアシスタントトレーナーに昇格。05年オフに石井選手と共に帰国した。
鍼師、灸師、あんまマッサージ指圧師の免許と、日本体育協会公認のアスレティックトレーナーの資格も持ち、経験・情報とも日本では数少ないキャリアをもつトップトレーナー。当校では、AT科の非常勤講師として授業を受けもつほか、高校生、社会人の現役プレイヤーや指導者向けの「特別セミナー」も企画中です。

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