トレーナーへの道 第8回

2009年04月21日 13:51日

早いもので「もう秋ですね」! プロ野球もパ・リーグでは日本ハムが、そしてセ・リーグでは中日ドラゴンズが優勝を決めもうじきに日本シリーズが始まろうとしています。(ドラゴンズファンの太田先生おめでとうございます)この8回目がアップされる頃にはもう決着がついているとは思いますが・・・

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2001年日本シリーズ優勝後の表彰式(神宮球場)ヤクルトスワローズ対近鉄バファローズ

ということでそろそろ本題に入りたいと思いますが、今回は「アスレティックトレーナー日本プロ野球・鍼灸治療編」です。前回、日本のプロ野球トレーナーが今後どういう方向性に向かっていかなくてはならないのかということに関してのお話をさせていただきました。しかし、今後の方向性の中には日本ならではの良い方法も存在しているわけですからそういったものの継続ということも含めて考えなくてならないと思います。

では、その日本ならではの良い方法とは一体何なのか?と言うと、もうおわかりですよね!そう「鍼灸治療」の技術です。もちろん、この方法は中国・台湾・韓国などのアジア諸国でも行われています。ただスポーツの現場を考えると鍼灸治療とスポーツを密接に考え繋げているのは日本くらいではないでしょうか。

もともと、日本プロ野球のトレーナーの始まりは鍼灸・マッサージ師ですから、その流れがそのまま継続されていたということです。とは言え、その技術は非常に有効で選手の体調管理を考えるとスポーツの世界にこれほどマッチした治療法はないのでは?と思わせるくらいです。

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日本シリーズの試合後にクラブハウスのトレーナールームでケビン・ホッジス選手(意外と鍼治療が好きな選手でした)と記念撮影

特に多く使われる場面としては、肉離れや捻挫といった突発的なアクシデントや肩・肘・腰などの慢性的な疾患ですが、そのどれをとっても炎症の抑制・鎮痛・筋弛緩という効果を発揮してくれるので身体に無理なく治療が施せるといった利点が存在します。

例えば、野球の試合で100~150球ほどの投球を行った投手に対し投球後の肩・肘の疲労が激しいとか状態が悪かったなどの場合に、マッサージを施すのは最悪の治療方法です。しかし、鍼治療であればこのような場合でも良い治療方法の選択と捉えられることができるわけです。

私自身も実際にヤクルト在籍時には、このような場面で鍼治療を選択し施したケースが多々ありましたし、その翌日の状態はアイシングだけで終わった時よりも良い効果が出せたと思っています。その実際例としては、元々肘関節の疲労蓄積により登板前から肘の張りを強く訴えていた先発投手が6イニングス(約100球)投げ降板後、肘関節の腫脹・熱感を訴え、手を握ってもほとんど握力が無くなっていたので軽いストレッチとアイシング(15分)を行ってからシャワーを浴びてもらって再度手を握らせたが未だ回復せずといった状況でした。

このような状態だったので、肘関節周囲への置鍼と前腕の筋肉への置鍼を行い(約15分程度)円皮鍼を周辺に20本ほど貼ってから就寝前にもう一度アイシングを行いました。結果、翌日には腫脹・熱感はほとんど消失しROMもほぼ回復、握力の低下はまだみられはしましたが、本人の感覚も昨夜よりかなり楽になったと実感してもらったわけです。

このように、炎症症状を起こしているケースで通常は施術を控えるケースでも行うことができるのが鍼治療だということなのです。こんな素晴らしい治療方法を継続していかないのは勿体無いですもんね。日本のトレーナーがどんどん優秀になっていってもこの鍼治療だけは一緒に進化していくべきものなのだと思います。

因みに、灸治療も良い方法で私個人としては好きな方法なのですが、唯一の問題点として煙を発生してしまうところにあります。以前アリゾナ州のユマキャンプのホテルに設置したトレーナールームで窓を全開にして灸治療を試みましたが、ものの2~3分で火災報知機が鳴り響きホテルのスタッフに大目玉を頂いてしまったことがあってから控えるようになってしまいました。

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灸治療を行って火災報知機を鳴らさせたユマのホテルで当時メジャー挑戦を始めた頃のマック鈴木選手と

灸治療もとても良い方法なのですが「残念です!」。この煙を解消できたらまた考えたい方法ですよね。「誰か煙の出ないお灸を考えてください!きっとできたら億万長者ですよ!」。とにかく、日本のトレーナーが進化して行く為には大きな変化も必要ですがこのように昔から持つ良い方法も継続しさらにこれも進化させていかなくてはならないということです。 また新しい目標が見つかっちゃいましたね!ということで頑張りましょう、日本の鍼灸師の皆さん!

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2001年優勝決定後、ヤクルトベンチでトレーナーの集合写真です。(筆者の自慢は97年に続きリーグとシリーズで3度優勝決定の試合でベンチ担当させてもらったことです)

広報室
湘南医療福祉専門学校