
2011年01月17日 16:52日
今回は、個人的に憤りを感じたことを素直にぶつけてみたいと思います。
新年から辛口に出ますが、どうぞご理解下さい!
2011年の大学箱根駅伝・・・
城西大学(我が母校です)またやっちゃいました・・・
昨年ようやくシード権を得たのに、今年もまた11位・・・(なんでやねん?)それも普通の11位ではなく、いつも僅差の11位です。今年は3秒差?どういうことですか?
「はい!私、怒ってます!」大学OBとして言いたいです。
確かに、箱根駅伝でシード権を取ることは大変なことです。簡単にできることではありません!ですから選手も監督もコーチも皆それぞれに努力して苦労していると思います。
でも結果を出せないということは、努力が足りないのでしょう!
今、私はトレーナーという仕事をしていますから素人的な意見は言いません。でもスポーツで勝てないというのは実力が無いということです。実力が無いならそれを補い上回る努力をしなくてはならないのです。
2~3秒差の僅差で負けた・・・メディアの話的には面白さがあり、美談にもなり得る状況ですが、3秒差でも1時間差でも負けは負けです。
そのことの意味を果たして城西大学の駅伝部は理解できているのか?自分たちは一生懸命やった!努力した! そう思っていても負けたということは他校の選手たちの努力が上回っていたということを真剣に理解しなくてはなりません。
最近は近代的なトレーニングや効率的な練習が行われるようになり、昔に比べると意味のない故障やケガは少なくなったと思います。私自身もアスリートを指導する時は、より効率良く内容の濃い練習を提案するようになりました。
しかし、練習の中には「根性」も必要だということを忘れてはいけません。どんなに科学的で効率の良いトレーニングや練習が出来ても、パフォーマンスを向上させるには立ちはだかる壁を越えなくてはならないのです。
この意味をはき違え、低いノルマと無理をしない練習でケガを少なく少しずつ進歩していくのが科学的・効率良いトレーニングと思っていないでしょうか?
アスリートがパフォーマンスレベルを上げていくには、そんな生ぬるいことは言ってられません。それぞれのレベルから見て、いかに必要なトレーニングレベルを向上させていくか?その必要な部分を軽くしてしまっていては向上するわけがありません。
上手くなりたいなら、強くなりたいなら、もっともっと苦しまなくてはなりません。
そして、その壁を乗り越えるためには強い精神力が必要なのです。
競技も捉え方も違いますが、私が城西大学に入学し野球部に入部した時はまだ「首都大学野球2部リーグ」でした。
大学からは、一部に昇格することが最低限のノルマと言い渡され、その後一部残留、一部優勝へと目標設定するよう言われ続けてきました。
そのために、大袈裟ですがまさに「血を吐く」ような日々を送り大学3年の秋にようやくその努力が実り11年ぶりという一部昇格を果たしたのです。
そして、一部残留のためにさらに猛練習に明けくれ大学4年時は春・秋ともにぎりぎりの一部5位をキープして最低限の務めを果たしたのです。
その間のみんなの努力は、語りつくせないくらいのものです。一部で勝ち続ける実力が無かったから、その分少しでも近づこうと他校の数倍練習したと思います。
朝8時から夜12時まで、食事と学校に通う以外は全て練習にあててきました。
夜中でも監督に付き添われ夜通しバットを振り続けたこともありました。
それでも5位にしかなれなかったのです。(もちろん下手くそだったので)その5位でさえ楽に手に入るものではありませんでした。
お互いに入れ替え戦には出たくない気持ちを持って戦いましたから、我々も相手も必死でした。
その時に春・秋とも5位争いを演じたのは、城西大学と明治学院大学の2校です。でも本当に負けたくない思いが強かったのが私たちの城西大学だったのだと思います。
その時のチームメイトは皆「あの苦しい練習を乗り越えてきた」という自信と、気持ちの強さを出してくれていたのです。
その後4年ほどして城西大学野球部は、一部優勝を果たし神宮大会でも上位まで勝ち上がってくれました。
あの時の苦しさ辛さがあったからこそ、結果を出すことができたのです。
私が在学中は、野球部のキャプテンでもありましたしその頃からアスレテックトレーニングには興味があり独学で学んでいたので、辛く苦しい練習の中にもケガの予防や基礎体力向上・回復のプログラムは監督が取り入れてくださいました。
そういう環境を体験し、乗り越える努力をして初めて結果が伴うのだと思います。
話はだいぶ脱線しましたが、最近の城西大学駅伝部を見ていると「そういう部分が見えてこない」のです。持てる力を振り絞って走っていると思います。苦しいと思います。でもあと一歩届かないということは、まだまだ足りないものが一杯あるということに気づいて、さらに努力して欲しいのです。
なんだかんだと言ってもOBですし、応援はしているわけですから・・・
「今年足りなかった3秒」何故足りなかったのか?
4校で争った残り3枠に何故入れなかったのか?
レースの展開とかコンディションの問題ではないと思います。シード権の取れる10枠に入る為に「今の自分たちに足りないものは何だったのか?」に気づいて、努力しなくてはいつまでたっても同じ結果で終わるでしょう。
私たちの大学2年までは、毎年春・秋と2部2位が続きました。最初はなかなかその意味がわからなかったのです。でも2年秋に2位で終わった時、全員が今のままではいけないということに気づきました。
そしてそこまでを振り返った時に自分たちがしてきた努力は努力と言えるものではなかったと感じ、3年春から目標を明確に全員が苦しむことに積極的に取り組んだのです。
その結果が出たのが3年秋でした。随分時間はかかってしまいましたが、それでもあの辛かった練習に誰一人文句を言う奴はいませんでした。それだけ皆勝ちたかったのです。
今の駅伝部を見ていると自分たちの大学時代を思い出してしまうのです。同じような境遇で同じような結果に悩まされ・・・だから知らんぷりはできなくなってしまったのです。
湘南の学生さんたちにはほとんど関係ない話ですが、ただ無理やり持っていくとすると「自分の夢を掴むためには、血の滲むような努力」をしないと得られないということを理解してもらえればと思います。
昔と今とでは、状況も環境も違います。ですから昔のように同じことをやれと言っているのではありません。でも足りないものを補い上回る為には「強い気持ちを持って死に物狂いで戦う」気持ちがなくてはならないことは、今も昔もこれからも一緒だと思います。